窓越しにそれを見て自分も泣きました。
丸をさすり、頬ずりしても、ただ丸のにおいがするだけでした。
電話口の息子も泣き小雪も泣きました。
前日、後ろ足が動かなくなり横になっていた丸は、母に抱っこされ冬の陽だまりの中でひと時穏やかに過ごしたそうです。
最後に貰ったその温もりはきっと、彼が生まれ我が家に貰われてくるまでの45日間に丸の母親から受けた忘れられない温もりを彼に思い起こさせたのでしょう。
丸は15年5ヶ月ぶりに母の温もりに帰って行きました。


小屋があった下の土を掘って埋葬しました。レンギョウとエゾムラサキツツジの木の間にあります。元気だった頃の丸がよく掘っていた場所で、夏はよくそこで昼寝をしたり、時々与えた豚骨を大事に隠していた秘密の穴倉でした。
丸の亡骸は、母の即興の弔句を添えた般若心経の写経、大好きだったパンそして生花を花模様のバスタオルにくるみ埋葬しました。
弔句 「 丸が逝き 春を待たずに 穏やかに 」(文子)
いつもよく世話をしてくれた母、陰で支えてくれた小雪、可愛がってくれた近所の皆さん、通りすがりに必ず丸に声をかけてくれた多くの皆様、小ブログを通じ彼のことを気にかけて下さった皆様本当にありがとうございました。
そして最後になりますが、丸を我が家の子供たちにと贈ってくれた札幌の義兄・姉夫婦にお礼申し上げます。
この十五年間、我々家族は丸との素晴らしい時間を過ごすことが出来ましたことを本当に感謝しております。
下の画像は、自分が撮った一番最後の丸です。首をもたげやっと散歩する丸ですが、それでも散歩をしたがっていたように思います。


