北海道旭川いいべえニューズ

「eBe北海道旭川いいべえニューズ舎」がおおくりする旭川、道北、北海道のあらゆる「新享楽」追求の情報ページ。と、これまで書いていたけどやっぱり自慢話、そして、趣味を通した人生点描かな!?(平成18年1月21日創刊)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

「チューダーイン」から「DOORS」まで

◆ DOORS【ドアーズ】 平成15年8月~現在 市内6の8 ◆

六条通8丁目本通りに画材・文具店の老舗店「江口日曜堂」がある。その斜め向かいの建物の二階に「ドアーズ」という飲み屋がある。バーというか、カフェというか、パブというか、少なくともスナックという感覚では全くあらわせない不思議な空間の店だ。


DOORS 05




透明のナメコ板やドアで空間を区切り、ドアがテーブルになったりしている、へんてこりんな世界だ。だが、違和感はない、
この店のオーナーとともに青春時代から過ごしてきた者にとって、それは慣れ親しんだ世界なのだ。



DOORS 01




DOORS 04




マスターは「O」さんという。「O」さんが展開して来たこれまでの店々を知っている人は旭川に相当いると思う。いや、旭川のみならず全国にいると思う。後で紹介させてもらうが昭和47年からこの業界にいる人で、私のように折につけ、マスターの店とともに人生の一時期があったのではないだろうか。



DOORS 02




DOORS 07





マスターの店々をもう30年以上利用させてもらっている。
今では当たり前になっているが、マスターはこれまで、当時としてはかなり斬新な店をその都度展開してきた。マスターの感性には未だ一般人にはわからない何かがあり、根っからの道産子トウマモンには、何がなんだかわからなくなったこともある。



DOORS 03




DOORS 06



DOORS
「DOORS」のロゴ(トウマモン作、どうだべかっ?)






◆【パブ・チューダーイン】◆
 昭和47年~同49年-市内4の8 

学生時代に幼友達のM君に誘われて来たのが付き合いの始まりだった。大学生など若者中心が集るパブで、行くといつも込んでいた。トウマモンはここで初めてバーボンを飲んだ。確かアーリータイムズ。この日向くさい洋酒に新たな世界を嗅いだ気分がした。帰省の度にこの店に寄ったがそう多くはなかったと思う。
むしろ当時よく行ったのは居酒屋「独酌三四郎」(2の5)。二階を貸し切って大勢の仲間でよく飲んだ。酒をこぼしたり、二階の窓からゲロしたりで、今の店主やその弟さん、そして嫁いで間もない現在利酒師の奥さんには本当に随分世話になった。



◆ cinema CLUB【シネマ・クラブ】◆
昭和49年~同51年-市内3の7

店内いっぱいの観葉植物がトロピカルな世界を演出し、ブルーハワイなどのカクテルが提供される店で、特に若い女性や学生に人気だったようだ。硬派の自分には似合わない世界だった。恥ずかしい気になりあまり行かなかった。



◆ BAR OK【バー・オーケー】◆
 昭和51年~54年-市内3の7 

イメージはアイリッシュパブとテキサスバーを合わせた世界だった。丁度社会人にもなり、この店から頻繁に通うようになった。ノーチャージでキャッシュオンデリバリー。ビールも確かパイント売りだったと記憶しているが定かではない。ウィスキー関係はワンショットメジャーでショット売りをしていて店全体が格好良かった。
店内中央にビリヤード(ポケット)台があり、ダーツもあった。そして一つだけあった入口そばの小さな個室にサッカーゲーム(アナログ)台がおいてあり、これらの遊びを酒を片手に気取ってよくやった。この店の頃に今の家人と知り合い、特に結婚するまでは、二人でよく通い始めた。
居酒屋では「伴天連茶屋」(3の6)によく行った。今は市内3の5に移って、相変わらず店主のTさんはひょうひょうとやっている。この店とも長い付き合いをしている。



◆ Cafe Bar ZIGZAG【カフェバー・ジグザグ】◆
 昭和54年~同57年-市内3の6

お気に入りだった「オーケー」をあっと言う間に閉めて、クリスタルなイメージの店をマスターは始めてしまった。マスターの感性は常に動いていた。またも斬新な雰囲気の店を始めるものだから、なかなか我々は店の雰囲気について行けなかった。それでもこの店に足繁く通った。店の道路側は全面ガラス張りで、街の夜に光る美しいネオンが目に入り、これまで出合ったことのない空間が広がっていた。
隣には関連のレストラン「クワランカ」と「ボギークラブ」が並んであった。ボギークラブは2条7丁目のビルから移転してきた。この店は現在団塊世代といわれている人たちが青春時代に流行った店で、知る人ぞ知る粋な店だった。この頃の客層は当時30代以上の人たちやお金持ち風な会社のオーナークラスが多く来店していて、時々背伸びしてこれら二店にも通った。
居酒屋では伴天連茶屋の他に、創作蝦夷料理の「花まる亭」(当時3の5、現在3の7)にも時々行き始めた。マスターとテニスで知りあっのがきっかけだった。


◆ BAR RADIO【バー・レジオ】◆
 昭和57年~平成15年-市内4の8 



RADIO 07




以前のチューダーインのところにこの店が開店された。バーとパブがミックスしたアンティークな世界で、広くも狭くもなくふらっと普段着のままで行ける店だった。
もともとこの場所は、マスターの父君が「とんぷら」を看板料理にしていた店だった。「とんぷら」とは豚肉の天ぷらのことで、トウマモンは残念ながら口にしたことはない。

レジオはマスター手造りの店であった。一昔前の風呂場でよく使われていた小さなタイルを、マスターが店の柱に石膏ではめ込むこんだりしていた。そのタイル張りを手伝ったこともあり一層親しみがあった。

確か冬のボーナスを頂いた年の暮れに、父と母三人で「花まる亭」で食事をしたことがある。その帰りに一度だけ両親を連れてきたことがある。マスターはとても気を使ってくれたのだが、カウンターに腰を掛け父と隣同士になって飲む酒はどうも居心地がわるく落ち着かなかった。父も遠慮がちにしていたが、マスターにカクテルを頼んで美味そうに呑んでいた。しかし、これが父と外で飲んだ最後の酒になった。
時には、酔っ払って隣の顔見知りの客と取っ組み合いの喧嘩をしたこともあり、思い出深い店だった。




RADIO 03




RADIO 01




RADIO 02




RADIO 05




RADIO 06






独身の頃に比べると、街で飲む機会は減った。出来るだけマスターのところに行こうと思っている。最近また家人や友人夫婦と行き始めた。出癖がつくと、近所なのでちょいちょい行くようになると思う。行かなければならないのだ。

酒呑みの楽しいことの一つに、店の主人やその店を介して多くの知り合いが出来ることだ。大勢の前では人見知りするが、カウンターを介した数人の世界では少し違ったりする。マスターのこれらの店々で、学生から医者まで幅広い年代、各層の人と顔見知りになり、互いの話と酒のエキスで成長させてもらった部分が自分にはあるように思う。
今では名前も忘れてしまったあの頃の皆はどこで今何をしているのだろう。
時々皆に会いたくなる。

「酒は我が人生の媒介なり」(トウマモン独白)





※1、この記事を書くにあたって、マスターと内容のすり合わせをしていないので、記憶ちがいがあるかもしれない。お知り向きの方はご連絡頂ければありがたいです。
※2、レジオの写真は平成15年7月に撮影したもので、色々な調度品や備品、特にカウンターの上からワンショットメジャーが何本もあったが既に移転の準備でなくなっている。(トウマモンはZIGZAGからRADIOに移る時に、ワンショットメジャーをマスターから一つ頂いている)。

テーマ:旭川/道北地域のネタ - ジャンル:地域情報

このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://degiuma.blog46.fc2.com/tb.php/25-9bd0d588
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

旨門かわら版

マウスを合わすと画面が止まります。
青字をクリックすると画像等にリンクします。


★☆★ あれこれ ★☆★
▼06/08(金)▼録画してあったラグビーのパシフィックネーションズカップ「日本代表対フィジー代表」戦を観た。結果(日本19-25フィジー)をしていて観るのは興ざめするが、この試合はそんなことはなかった。
ラグビージャーナリストの村上さんのブログから引用するが、「日本の現在地を知るうえで貴重な機会となったが、やはり、立ち上がりは日本代表選手の突進に対してフィジーのコンタクトが上回り、ボールを抱え込まれてターンオーバーをされるなど、攻撃を寸断されるシーンが相次いだ。それでも、日本代表は粘り強く攻めた。その姿勢に観客席も熱くなる。フィジーの反則を誘っては、FB五郎丸歩がPGを決め、19分の約50mの距離あるPGが成功した時の観客の盛り上がりは感動的ですらあった」のでした。やっぱり五郎ちゃんが最高!!!
体が大きくパワフルなフィジー選手相手に頑張ったと思いますが、まともにぶつかっていっても弾き飛ばされるし、ブレイクダウン(ボールの奪い合い場面)では相手の腕力で押さえ込まれて反則したり、ジャッカルされたりしていた。パワフルな相手と小粒な日本選手との差をどのように縮めていくのか新生ジャパンを楽しみにしていきます。
▼06/07(木)▼昨日、寛仁親王殿下が御薨去された。これまで長年、癌などで入退院を繰り返されてこられたが、とうとう力尽きてしまわれた。謹んで哀悼の意を捧げご冥福をお祈り申し上げます。
「ひげの殿下」には直接お会いしたこともないのだが、様々な形で自分は殿下の見識を垣間見たり、女性や女系の天皇も認める政府の有識者による報告書に異議を唱えられたこと、スキーを通じ身体障害者への分け隔てなく尽力をされていること障害者の親戚MSから聞いていたので、勝手に親しみを覚えていた。畏れ多いが一緒に酒を飲みたいとさえ思ったことがある。

今日から約一週間、母は山梨と静岡へ一人で遊びに行った。一人で切符を手配して。自分は旭川空港までの送り迎えだけの手伝いのみだ。元気な九十歳の母に感謝している。
▼06/06(水)▼会社が休みだったので、小春さんと愛山渓に行った。目的はクマゲラとコマドリに逢いたくて。けど、逢えなかった。小春さんは蕗の良い物を十本ほどいただき、山道をゆっくり車で降りていた時、凄い雷雨。帰りに愛別町の「協和の里のもち工房 愛ふくふく」で豆大福とよもぎ餅そして豆の伸餅を購入。店を出た途端、また雷雨。強い雨であたりから埃くさいような匂いがしてきて、懐かしい気分になった。そして、大きな雨粒が逆光に映え、銀の雫となって眩しいほどに美しかった。
▼06/05(火)▼日赤へ二ヶ月に一度の定期検査。先日の成人病検査で腫瘍マーカーの消化器系の値が若干基準値よりオーバーしていたので、主治医に相談したところ、六年以上大腸の内視鏡検査をしていないのだから検査をしたほうが良いとなり、消化器の先生へ手紙(院内メール)を書いてくれたので受診。綺麗な女医さんだったので素直に質問に答え、検査を受けることにした。
▼06/04(月)▼祖母チカさんの祥月命日と護国神社祭の宵宮だったので、家族三人でささやかに雲丹などの刺身を摘みながら夕食を済ます。
▼06/03(日)▼今季未だカワセミの姿を見てないという小春さんのために(こんな書いてる自分もそうなんですが)、カワセミポンドへ向かいました。
車中で小春さんに、昨日の夕方、ホトトギスの囀りを例の河畔林で聞いたことを告げました。姿は確認してないけど「特許許可局」「テッペンカケタカ」と確かに鳴いてホトトギスと思ってるけど、北海道には殆どいないと何かに書いてあったと思うけど・・・と言うと、早速、車に積んである北海道の野鳥の本で調べてくれました。やはり、掲載されていないので、ホトトギスはいないんでないかいと話しをしていたところ、偶然聴いていたNHKラジオの日曜あさいちばん『季節のいのち』で 、 日本野鳥の会の主席研究員である安西英明さんが「ホトトギス」を取り上げていました。ホトトギスは鶯に托卵する習性があり、いち早くオスがやって来て囀りまくり鶯がいるところに縄張りを作るのだそうです。(ふむふむ、ホトトギスが托卵することはどこかで勉強したことが・・・)。
囀りが何度も流れたのですが、似ているけどちょっと違う、けどやっぱり似ていると言う自分に小春さんは大いに同調してくれました。遂に北海道で初めてホトトギスの囀りを聴いた男なのかもしんないと思い込んでしまいました。けど気になるのは、昨日は周りから一度も鶯の囀りは聞こえなかったなぁ・・・?遠くのカッコウは聞こえたけど。

カワセミポンドで二人はかなり粘ったのですが駄目でした。それでも、五羽のキセキレイ一家(多分)の様子を観察しながらコーヒーを沸かして飲んだり、それなりに宜しい時間を過ごすことが出来ました。
昼食を済ましてから、ホトトギスがいる河畔林に行きました。旭川で初めてホトトギスの写真を撮った野外活動家になるんだなlっ、多分俺は・・・ヒヒっ。
同じ場所で囀りが聞こえて来ました。どうだ!すごいべっ!と自慢し小春さんとハイタッチ。およそ10分間隔で囀っています。最初立ち木の下の方から聞こえ、その後、イタドリの茂みの中から聞こえて来ました。しかし、一向に姿を見せない。ブヨがしつこいし、暑くなってきたので今日のところは帰宅することにしました。
アサヒのノンアルコールビールを飲みながら、北海道護国神社例大祭の御祭礼旗を立て終え、シャワーを浴びてからパソコンでホトトギスの囀りを調べました。あれれホトトギスは「特許許可局」の語尾が下がらない。一方の私たちのホトトギスは下がる。なんと名は聞いたことがある「エゾセンニュウ」という野鳥があそこで鳴いていたのでした。「やっぱ、うんなわけないよなっ・・・」。勝手に思い込んで一人悦に浸るならまだしも、ブログで大々的に「ホトトギスー北海道で初撮影」なんて記事をエントリーして自慢したくなっていた自分は本当におっちょこちょいですわ。
けれども、エゾセンニュウの姿を生で観てみたいもんです。
▼06/02(土)▼以前読んでそこら辺に置いといた本を探していたら、一度も読んでない本が五冊も見つかった。いい加減だから積みっぱなしの本の間に紛れていた。
▼06/01(金)▼月始めは忙しいもんだ。


このインフォメーション機能は、「ごんちゃん」ことごんたろうさん作のプラグインで、小ブログで使わせてもらっています。カスタマイズも比較的簡単にできるので、皆さんも取り入れてはいかがですか!

プロフィール

旨門(うまもん)

Author:旨門(うまもん)
 不肖、「旨門」と申します。生まれも育ちも北海道は旭川市です。高校卒業後、夢にまで見た花の東京で四年ほど人生勉強をすることができました。齢五十代後半にはいり、既に孫三人に恵まれ、今年八月にはもう一人誕生する予定です。孫はメンコイ。
 趣味はラグビー観戦。社会人チームではトップリーグチームの「ヤマハ発動機ジュビロ」を、大学は早稲田のファンです。
 また、デジカメ持参で野山に遊ぶことも楽しんでおります。小動物との出会いが楽しみです。数年前からエゾユキウサギとホシガラスを撮りたくて活動しています。羆は怖いので挫折しました。
 (ブログに掲載している画像の殆どは、トリミング、サイズの変更、明るさとシャープさの調整をしています)。

(平成24年5月25日記)

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近の記事

最近のコメント

旨門の「気にして!キーワード」

固有名詞、単語などから直結リンクのエリアです。
掲載のキーワードをクリックすると、このブログや旨門のブログ仲間の記事へリンクします。

■動植物
ナキウサギ
エゾリスエゾモモンガエゾオコジョ
(Special thanks Mrs.Ezomomonga)
ねこ(Special thanks SANTA)
■お気に入りの場所
ふらりーと
春の終わりの「山遊山」
夏の終わりの「山遊山」
晩秋の「山遊山」
北大苫小牧演習林
■郷土のキーワード
旭山動物園
■食べ物
「カレープ」(by Umalog)
がたたん チャーハン
がたたん ラーメン
すぎもとファームの生ウィンナー
すぎもとファームの案内
マルトマ食堂ホッキカレー
イバラエビ
プリン(Special thanks Pudding-TaBa)
■飲食店
芦別名物"ガタタン"の「宝来軒」
イタリヤ料理「仁泰(きみひろ)」
居酒屋もんく
インド料理「ヒンディヒップスター」
肉料理「プチハウス」
ビストロ「エスプリムートン」
マウレ山荘
「ミクニ サッポロ」
鴨料理屋「呂尚」
ファームレストラン「マッケンジーファーム」
■その他
秋川雅史「美幌峠」

全記事(数)表示

**全タイトルを表示**

月別アーカイブ

カテゴリー別アーカイブ

ブログ内検索

お気に入りのサイトです!

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

今日はどんな日?(時計機能付)

クリックすると、クリックした当日の歴史上これまでに起きた出来事、記念日等が表示されます。

(Designed By Seedleaf.)

RSSフィード

このブログのQRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。